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40年かかってしまったのはなぜ?
土気、鎌取、浜野の駅橋上化は地権者と受益者の負担による土地区画整理により費用が捻出され作られました。当時3駅の周辺は開けておらず土地の区画整理は容易で、千葉市からの資金は南北自由通路分、およそ5〜6億円で済みました。
しかし比較的平らな土地が多く、歴史がある誉田は、昭和32年頃から川崎製鉄のベッドタウンとなり、区画整理以前に住宅が立ち並んでいました。 このことにより「区画整理が困難」=「地権者、受益者負担による駅橋上化資金が困難」の図式が出来上がってしまったのです。
そしてみす和夫が立ち上がり、市会議員として何度となく議会で質問を続け、更に関係省庁に足繁く通い、国会議員にお願いをして、ようやく「街作り支援事業」と言う補助金の窓口の設置まで至り、これを元に、平成11年3月、千葉市議会で誉田駅の橋上化が決定しました。
駅橋上化、駅前広場、周辺道路の整備で250億円の予算が必要とされています。これが40年の歳月がかかってしまった理由です。
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